石田歯科医院 石田千洋 院長 (CHIHIRO ISHIDA)
『鶴見大学歯学部』卒業後、大学病院の補綴科に3年間勤務。中野の歯科医院での研修を経て、1994年12月に横浜市泉区にて『石田歯科医院』を開院。16年半にわたり泉区で地域医療に携わったのち、約15年前に現在地へ移転し今に至る。(JR戸塚駅、相鉄弥生台駅よりバス10分 鳥が丘第一公園前、領家中学校駅前下車1分 地下鉄踊場 徒歩10分)
白紙の状態から飛び込んだ歯科の世界、朝まで補綴物を作り続けた学生時代

私が歯科医師を目指したのは、正直深い使命感からというわけではありません。代々医師の家系に生まれましたが、高校時代に親を亡くし、その道への接点も自然と遠のいていきました。「これ以上何年も勉強したくない」という正直な気持ちもあって、医師ではなく歯科医師の世界へ。まったく知らない分野でしたが、白紙の状態で飛び込んでみようと進学を決めました。入学した『鶴見大学』は、ちょうどバブル崩壊の頃。周囲がどんどんおしゃれになっていく時代で、地方から出てきた私には最初こそ戸惑いもありました。次第に同じように地方から来た下宿仲間と仲良くなり、実習が始まると状況が一変します。当時の先生方は大変厳しく、よく叱られながら、多くのことを吸収させていただいた時間です。今はその経験に、心から感謝しています。特に熱中したのが補綴の世界です。バスケ部の練習が終わった夜中から朝まで、ひたすら補綴物をつくり続けました。患者さんを受け持てば「この人のためにやるしかない」と気持ちが定まる。口腔外科や保存科の先輩から「明日までに」と頼まれれば、即時義歯を一から仕上げて届けました。手を動かし続けたあの日々が、今の私の土台になっています。
「もう教えることはない、開業しなさい」。師からの言葉が背中を押した
大学病院での勤務を終えた後、中野の歯科医院で研修を積みました。師となる先生のもとで約3年間修行を続けるなか、ある日こう言われたのです。「あんたにはもう教えることはない。開業しろ」と。当初は都内での開業を勧められましたが、壁があり見通しが立ちませんでした。先生にたくさんの物件を紹介していただいた末に出会ったのが、横浜市泉区領家の地でした。1994年12月、こうして『石田歯科医院』を開くことができました。泉区では歯科医師会の理事も務めながら16年半を過ごし、その後、自宅兼診療所として現在の戸塚区鳥が丘に移転。泉区歯科医師会への思いを残しながらも、新たな地に腰を据えることを選びました。移転からも15年近くが経ち、積み重ねてきた年月が地域の皆さんとの信頼の厚みそのものになっています。
「できることしかしない」。背伸びしない誠実さが、長年の信頼を育む

日々の診療で心がけているのは、患者さんの困りごとをひとつひとつ解決していくことです。大げさなことは何もしていない、というのが正直なところなんです。だからこそ患者さんが何に困っているのかをしっかり引き出すために、まず「教えてください」と声をかけることを大切にしています。診療方針はシンプルです。できることはきちんとやる、できないことは背伸びしない。専門性の高い治療や特殊なケースは、信頼できる大学病院や専門の先生へ紹介します。スタッフとともに患者さんとの信頼関係を丁寧に築くことが、長く続けられる医院の基本だと感じています「この患者さんは大丈夫かな」と不安を抱えたまま治療するのは嫌ですからね。現在は歯科衛生士4名が常勤し、週に数回、女性ドクターが非常勤で手伝ってくれています。施設はバリアフリーで、高齢の方が通いやすい環境を整えてあります。急患対応も積極的に行っており、「今日は100点の治療は難しいかもしれないけど、まず痛みをとりましょう」というスタンスで、困ったときにすぐ来ていただける場所でありたいと考えています。患者さんの笑顔がなによりの励みです。
高齢化が進む地域で、「その先」まで見据えた歯科医療を
当院にいらっしゃる患者さんは、高齢の方が多い傾向にあります。近くに大きな駅はなく、マンションよりも一軒家が多いこの町は、私と同世代かそれ以上の方たちが長年暮らしてきた場所です。昔から地元に根を張る地主さんたちも多く、なじみの顔ぶれと積み重ねてきた歳月が、この医院の風景そのものになっています。義歯のご相談や、歯が割れてからいらっしゃるケースも少なくありません。そのため、治療の件数よりも長く快適に食べ続けられることを一番に考えながら対応しています。高齢の患者さんと向き合うとき、私はどうしても「この方がいつまで通えるか」ということを考えてしまいます。将来、歩けなくなっても、寝たきりになっても、口の中が痛くならないようにしておくことが大切。今のうちにできる限りのケアをしておきたいとお話しすると、思わず涙ぐまれる方もいらっしゃいます。最近は月に1度ほど、患者さんのご家族から「先日父が亡くなりました、お世話になりました」というお電話をいただくこともあります。長い時間をともに歩んできた方々のお声に、この仕事の重さと、地域のかかりつけ医であり続けることの意味を改めて感じています。
待合室に飾られた患者さんの作品が、31年の歩みを語る
当院の待合室には、患者さんからいただいた写真や絵が並んでいます。なかでも印象深いのは、90歳を超えた写真家の患者さんが撮られた鳥の作品。その方が撮りに行けなくなった後も、80歳を超えたお弟子さんが新しい写真を届けてくださいました。「これを飾りましょう」と持参してくれる方もいて、気づけばたくさんの作品が医院に集まり、自宅にもいくつか飾ってあります。開業当初は患者さんと意見が食い違うこともありましたが、話し合いを重ねた末に、今では本当に打ち解けることができました。街でお顔を見かけてもすぐに思い出せないことがあって、いつも心苦しく思っています。患者さんとの時間が積み重なるほど、この仕事の豊かさをひしひしと感じます。私にできることは、大したことではないかもしれません。それでも、少しでも皆さんの健康のお役に立てれば、それが一番の喜びです。まったく知らない世界に飛び込んで31年、いつの間にかこの仕事が生活のすべてになっていました。好きな言葉は「ありがとう」。診察が終わって患者さんがその言葉を口にしてくれる瞬間が、この場所で続けてこられた理由です。
※上記記事は2026年6月に取材したものです。
時間の経過による変化があることをご了承ください。

石田歯科医院 石田千洋 院長 (CHIHIRO ISHIDA)
石田歯科医院 石田千洋 院長 (CHIHIRO ISHIDA)
- 出身地:秋田県
- 趣味:ゴルフ、飲みに行くこと
- 好きな場所:富士山が見えるティーグラウンド、夜に浮かぶ我がオフィスの見える道
- 好きな音楽:オールディーズ、60〜70年代ポップス
- 好きな映画:男はつらいよ
- 好きな本:偉人伝
- 好きな言葉:義理人情、ありがとう

