岸谷歯科 六角 譲治 院長 (JOJI MUSUMI)
『日本大学松戸歯学部』卒業後、関東近郊の歯科医院2件で研鑽を積む。26歳の時に地元鶴見区岸谷で『岸谷歯科』を開業し今に至る。(京浜急行 生麦駅 徒歩5分)
3代続く岸谷への愛着と歯科医師への道のり

私の家族は祖父の代からここ岸谷に住んでいます。現在は西区に住んでいますが、出身は岸谷です。この土地への愛着は、3世代にわたって受け継がれてきた深いものがあります。ただし、歯科医師になったのは私の代からで、祖父も父も医療関係ではありませんでした。実際、高校生の頃は特に明確な目標がありませんでした。しかし、人生の方向性を決める大きなきっかけがありました。それは父親がかつて医学部に進みたかったものの、当時の社会情勢では難しく、その果たせなかった夢を息子である私に託したことです。こうして私は医療の道へと歩みを進めることになりました。『日本大学松戸歯学部』を卒業後、実地経験を積むため2か所の歯科医院で勤務しました。どちらの医院でもそれぞれ貴重な経験を積ませてもらいましたが、なかでも私の人生において特に重要だったのは1件目の歯科医院での経験です。その医院は芸能関係の方々も来院される優秀な院長がいらっしゃる医院で、その先生は「どんどんやれ、責任は自分がとる」という方針をお持ちでした。そのような環境の中で、私は一日に一人で120人を診たこともあります。今では考えられないペースですよね(笑)。けれども、この濃密で実践的な経験こそが、後の私の歯科医師としての基盤を築く礎となったのです。そうした充実した修業を経て、26歳で開業することになりました。これも今考えるとかなり早い時期での開業でした。当時はそれが可能な時代だったのです。面白いことに、同級生3人が同じ時期に開業していました。父親の「やれやれ」という力強い後押しもあり、半ば勢いで岸谷での開業を決めました。もちろん不安がなかったわけではありませんが、前の勤務先での濃密な経験があったからこそ、「あの経験があるぞ」という確固たる自信を持っていました。このようにして『岸谷歯科』は誕生いたしました。
日々の診療への思いと患者対応への取り組み
私が患者さんによく申し上げるのは、「歯医者は職人です」という言葉です。この考えは私の診療哲学の核となるものです。日々の診療の7~8割が職人としての仕事だと思って診療にあたっており、残りの2~3割が医師としての医学的判断や知識を要する部分です。この職人としての意識があるからこそ、細やかで丁寧な治療への姿勢を貫くことができるのです。昔の歯科診療は治療して終わりで、患者さんへの詳細な説明があまりありませんでした。しかし、現在の私の診療では全く異なるアプローチをとっています。患者さんの口腔内全体を写真に撮り、すべてを詳しく説明することを心がけているのです。一人の患者さんにつき時間はかかりますが、目の前で写真を見せて、必要であればプリントアウトも渡して丁寧に説明します。なぜその治療を行ったのか、最初の状態がどうで、治療後どうなったのか。こうしたビフォーアフターを視覚的に見せることで患者さんに納得していただいています。この詳細な記録と説明には、実はもう一つ重要な意味があります。それは「証拠残し」なんです。というのも、患者さんは治療内容や口腔内の状態を忘れてしまいがちだからです。治療が終わった後は、ほとんどの人が口の中の状態を忘れてしまいます。そこで最初の状態を写真で残しておくことで、何か月後、何年後かに来院された時に、「最初にこうだったのね」という客観的な証拠として活用できるのです。なぜここまで徹底するのかというと、この仕事は美容室と同じで、一度削ったり切ったりしたら元には戻せないからです。私たち歯科医師は口の中で「傷」を与えているのです。削るということは、まさにそういうことなのです。だからこそ、これを患者さんに十分納得していただいた上で処置を行う必要があります。そういう意味では、歯科医療は常に高い集中力を維持していなければならない仕事です。私は常に患者様一人ひとりに全力で集中して向き合っています。私のモットーは、今日来院された患者さんが当院から帰る時に「来てよかった」と心からの満足感を持って帰ってもらうことです。患者さんに満足感を持って帰っていただけた時、私自身もほっとすると同時に、歯科医師としてのやりがいを改めて実感します。
バリアフリー対応と設備への創意工夫

長年診療を続ける中で、ある問題に直面しました。昔からの患者さんが年を重ねて階段の昇降が大変になってきたのです。そこで一階にも診療場所を設けることを決めました。これが当院のバリアフリー対応の始まりです。元々当院は2階にあり、下には別のテナントが入っていました。そのテナントが撤退したタイミングを好機と捉え、車椅子の方がそのまま医院に入れるように1階にバリアフリー診察室を設けたのです。現在、レントゲンや各種検査機器は上の階にあるため、患者さんには若干ご不便をおかけしていますが、将来的な夢としては階段にエスカレーター式の昇降機を設置したいと考えています。一階の診療場所には自動ドアも設置しました。ただし、安全対策やイタズラ防止のため、普段はロックがかかっていてボタンを押しても開かない仕組みになっています。2階のスタッフが「どうぞ中でお待ちください」と声をかけることで、初めてドアが開くのです。この特殊な配線工事もすべて自分で行いました。さらに、お年寄りの方が転倒したりしないか心配なので、モニターで一階の待合室の様子が見えるようにしています。実は、2階にしか診療室がなかった頃の苦い経験があります。車椅子の患者さんを診察する際に、息子さんと私で車椅子を持ち上げて2階まで運んで対応していました。機能的には問題なく診療できましたが、患者さんの身体的・精神的な負担は相当大きかったと思います。そうした実体験があったからこそ、バリアフリー対応の必要性を痛感し、設備設置を決断したのです。
多様な患者層への対応と地域密着の診療スタイル
当院周辺はビジネス街ではないため、よく来院される方は地元の住民の方が大部分を占めています。おそらく7~8割はここに住んでいる方々でしょう。地域に根ざした診療を心がけている結果、長年通ってくださる患者さんも多く、中には親子三代でお世話になっているご家族もいらっしゃいます。一方で、最近の大きな変化として外国人患者さんが著しく増加しました。意思疎通には、昔は外国語対応の図表で指差しをして、意思疎通を図っていたものです。しかし時代は変わりました。現在の海外からの患者さんは、日本語がそこそこ話せる人や通訳を連れてくる人も多くなりました。特に若い世代の方たちはスマートフォンの翻訳機能を巧みに使います。話すと文字が出る翻訳機能の精度には本当に驚かされます。すごい時代になったものです。当院は休診日は随時設定し、時間の予約制は採用していません。そのため、患者さんはお好きな時間に来院していただくことができます。もちろん、その分お待たせしてしまうデメリットはありますが、来院された順番で診療を行っています。この方式は不便に感じられるかもしれませんが、患者さんの都合を最優先に考えた結果の選択です。
尽きない好奇心と多彩な趣味が支える充実した毎日
私の趣味や特技は実に多岐にわたります。車、バイク、コンピュータ、DIYなど、興味の対象は幅広く、それぞれに深く関わっています。中でもユニークな活動として、プロのマジシャンと協力してマジック道具を作ったりもしています。またこの診療所内の電気工事から大工仕事まで、すべて自分で手がけています。先ほど紹介したバリアフリー対応の自動ドアの配線工事なども、その一例です。歯科医師としての精密な技術と、職人としての多様なスキルが、診療所の運営にも大いに役立っているのです。このような多様な経験と趣味の全てが、現在の私を形成していると深く感じています。45年間の診療生活を振り返ると、数え切れないほど多くの患者さんとの心に残る出会いがありました。岸谷という地域で、祖父の代から続くこの土地への愛着を胸に、これからも地域の皆様に「今日ここで治療して良かった」「この歯医者さんに出会えて良かった」と心から思っていただけるよう、日々の技術向上と患者さんへの思いやりの心を忘れずに精進してまいります。これからもよろしくお願いいたします。
※上記記事は2025年9月に取材したものです。
時間の経過による変化があることをご了承ください。

岸谷歯科 六角 譲治 院長 (JOJI MUSUMI)
岸谷歯科 六角 譲治 院長 (JOJI MUSUMI)
- 出身地:横浜市
- 趣味:車、バイク、マジック関連、DIY
- 好きな場所:飛騨高山
- 好きな音楽:特定のジャンルはなく好きな歌手のピンポイントの曲
- 好きな映画:幅広く
- 好きな本:専門書
- 好きな言葉:『歯医者は職人です』

