クリケ歯科クリニック 栗家 洋 院長 (HIROSHI KURIKE)
『鶴見大学歯学部』を卒業後、大学の補綴科に3年ほど在籍。その後開業医のもとで1年間勤務医を務めたのち、横浜市戸塚区矢部町にて開業し、今年で開業40年を迎える。(横浜市営地下鉄 踊場駅 徒歩9分)
父の背中と、恩師に鍛えられた原点

私は岡山県の出身です。父は中学校の美術教師であり、画家でもありました。戦争でシベリア抑留を経験して奇跡的に帰還した父は、「自分は一度死んだ身だ」という思いから、戦後は好きな道を貫いて美術教師になったと聞いています。岡山の田舎町で、複式学級による自由な教育を行っていたそうです。母は洋裁学校を経営しており、多くの生徒さんが技術を身につけるために通っていました。そんな両親の姿を見て育った私にとって、「手に職をつけること」の大切さはごく自然な感覚です。近所に親しくしていた歯科医師の先生から「歯医者は素晴らしい仕事だよ」と勧められたことが、歯科医師を志すきっかけになりました。『鶴見大学歯学部』に入学すると、医師や歯科医師のご子息が多い世界に驚いたのを覚えています。医療とは縁のない家庭から飛び込んだ私にとって、原点となったのは、大学1年生の春休みからお世話になった青葉区あざみ野の『吉川歯科医院』吉川治良先生です。吉川先生からは「これからの歯科業界は甘い世界ではない」と最初から厳しい言葉をいただき、後片付けや洗い物といった雑用から1つずつ修業を積みました。大学卒業後は補綴科に残りながら吉川先生のもとにも通い続け、師匠の技術や大学の諸先輩方の臨床を間近で学べたことは、今も私の大きな財産だと感じています。私を追って歯科医師になった弟も、同じ吉川先生に学びました。
患者数激減の危機がくれた「予防歯科」への大転換
開業から10年ほど経った頃、患者数が大きく減り、「このままでは医院が立ち行かなくなる」と強い危機感を抱いた時期がありました。ちょうど世の中の流れも予防歯科へ向かい始めており、私は一から勉強に取り組むことにしたのです。月に2〜3回、日曜日にはスタッフ全員を連れて勉強会や講演会に通い、歯科医師ではない家内にも資料作りを通して理解を深めてもらい、医院全体で予防歯科へ舵を切りました。その学びの中で師匠と仰いだのが、予防歯科の分野で日本一とされる、山形県の『日吉歯科診療所』の熊谷崇先生です。中途半端に予防を掲げると経営が立ち行かなくなるのではないかという不安もありましたが、熊谷先生は予防を軸に自由診療と保険診療を両立させ、地域に根ざした医院を発展させていました。当院の予防歯科の考え方は、熊谷先生から学んだことが土台になっています。また、大学の医局時代に教授から受けた「歯科医師の仕事は技術と責任に依存し、技術が落ちればすぐに信頼を失う」という教えが、今の私の診療姿勢の柱です。開業当初、非常勤の先生に来ていただいた時期に再治療が必要なケースを経験し、この言葉の重みを実感しました。現在は自分が責任を持てる人数に絞って診療しており、良い結果につながっています。弟が医院を継承する際にも、財務資料を見て「この患者数を完璧に管理するのはまだ難しい」と率直に伝えました。互いに厳しい修業時代を乗り越えてきたからこそ、遠慮なく言い合える間柄です。
「できるだけ削らない」から始まる、全身を診る診療

当院が最も大切にしているのは、できるだけ歯を削らないことです。どうしても修復が必要な場合も、最小限の介入にとどめています。通ってくださる患者さんの約6割は、治療ではなく定期的なメインテナンスのために来院されており、初期の虫歯も大きく進行させることなく、ギリギリまで歯を温存できる状態です。私は患者さんに「私が歯科医師として現役でいる限り、一生お付き合いをさせていただきたい」とお伝えしており、遠方から引っ越してこられた方など単発での来院にも、丁寧に対応いたします。院内には一般的な歯科医院にはあまりない、フラットベッドを設置しました。患者さんに寝ていただき、足を上げてもらったり身体の可動域を測定したりしながら、咬み合わせのバランスや、治療で使う金属やレジンといった材料が身体に合っているかどうかを、Oリングテストやバイオデジタルセラピーといった手法を用いて細かく診断しています。また、待合室や診療室のモニターには健康情報だけを流し、地上波テレビは流さないようにしました。夏休みには子ども向けに教育番組を流すこともあり、子どもたちが夢中になる姿を見ると私も嬉しくなります。歯と身体は一体であるという当院の考え方は、口コミや紹介、講演会をきっかけに少しずつ広がり、ホームページを読んで遠方から通ってくださる方も増えてきました。
栄養学の師との出会いが導いた「食」「咬み合わせ」
予防歯科を追求する中で、私は食事や栄養学の勉強にも力を注ぐようになりました。栄養学を学ぶ中で関心は咬み合わせ、さらには咬み合わせと身体の歪みへと広がりました。その延長で、フッ素に対する考え方も少しずつ変わっていったのです。当院では現在、フッ素の塗布や製剤を一切使用していません。予防歯科を始めた当初はフッ素を積極的に使っていましたが、生体への影響を学ぶうちに使用は避けるべきだと考えるようになったのです。長年の方針を変える決断は精神的に一番辛いものでしたが、患者さん一人ひとりに10分から15分ほどかけて理由をご説明しています。おかげさまで、フッ素をやめたことで離れていった患者さんは一人もおられません。今では、フッ素を使わない歯科医院を探して、少し遠くから通ってくださる方もいらっしゃいます。このほか、当院では12年ほど前から毛髪ミネラル検査を取り入れ、電磁波の影響についても必要に応じてお話ししてきました。牛乳や小麦を控えるようお願いすることもありますが、これは長年大切にしてきた考え方です。近年は「グルテンフリー」という言葉も広く知られ、当院の考え方への理解も深まっています。食べ物を受け入れる第一の消化器官はお口ですから、咬み合わせを抜きにして全身の健康を語ることはできません。
これからも、お口と身体の相談相手でありたい
私も歳を重ねてきましたが歯と身体がこれほど密接に繋がっていると腑に落ちたのは、最近のことです。開業して最初の10年は、正直なところまだよく分かっていませんでした。良かれと思って行った治療のやり直しに、今になって向き合うこともありますが、それも含めて自分の歩んできた道だと受け止めています。インプラントなど最先端の治療も、本当の結果が現れるのは10年、15年先のことだと、開業40年を経た今になって分かるのです。最近は、肩こりや偏頭痛、腰痛といった、一見お口とは関係のなさそうな不調を相談したいと来院される方が増えました。今年に入ってから始めた新しい咬み合わせの微調整も、体調改善に良い成果へとつながっています。診療する人数を絞っている分、お一人お一人とじっくりお話しする時間を大切にしており、治療を受けなくてもご相談だけで構いません。歯や身体のことで困っていることがあれば、いつでも気軽にお越しいただきたいと願っています。専門的な相談が必要な場合には、信頼できる医師や歯科医師の先生方をご紹介してきました。提供する医療の中身が異なれば、近くに新しい歯科医院が開業しても気になりません。虫歯治療やインプラントに力を入れる先生方とは、役割が違うと考えているからです。これからも、お口の中だけでなく患者さんの身体全体を拝見させていただくという姿勢を大切に、地域の皆さんの健康に寄り添っていきたいと思います。
※上記記事は2026年8月に取材したものです。
時間の経過による変化があることをご了承ください。

クリケ歯科クリニック 栗家 洋 院長 (HIROSHI KURIKE)
クリケ歯科クリニック 栗家 洋 院長 (HIROSHI KURIKE)
- 出身地:岡山県
- 趣味:神社仏閣巡り
- 好きな音楽:幅広く
- 好きな映画:『スターウォーズ』
- 好きな本:健康に関連する書籍
- 好きな言葉:賢者は愚者に学び、愚者は賢者に学ばず

