南の街歯科クリニック 猪又 俊之 院長 (TOSHIYUKI INOMATA)
『日本大学松戸歯学部』卒業後、同大学の病理学教室に所属。その後横浜市内の歯科医院で実際の臨床を学び、東戸塚にて『南の街歯科クリニック』を開業し今に至る。(JR横須賀線 東戸塚駅 徒歩5分)
虫歯だらけだった少年時代と、大学で知った「上には上がいる」現実

お恥ずかしい話ですが、幼い頃から私は虫歯だらけで、いつも祖母に連れられて歯科医院に通っていました。扉を開けると独特の匂いがして、待合室はいつも人でいっぱい、削る音が聞こえてくるともう嫌で仕方ありませんでした。そんな中、たった一人だけとても優しくて親切な若い先生がいらっしゃいました。「今日はこの先生にあたって良かったな」と、子供心に思ったことを今でも覚えています。中学を卒業して将来を考えた頃、私は理系で、鉄道模型などの手作りで何かを作ることが好きだったのと、医療の現場で働きたいという気持ちを抱いていました。そのとき思い出したのが、あの優しい先生の姿です。あの先生のようになれば、きっと皆の嫌な思いや辛い気持ちを軽くしてあげられるのではないか。その先生は今どこにいるかは分かりませんが、その姿を目指したことが、歯科医師を志した大きな理由です。実際に歯学部に入ってみると、私よりもはるかに器用な同級生がたくさんいることに驚かされました。何でも簡単にできてしまうと勝手に思い込んでいたのですが、世界は広く、上には上がいるのだと実感した出来事でした。それからは「負けないぞ」というよりも「ついていかなきゃ」という気持ちで、時間内に形にすることに必死で取り組んでいました。
家族の縁が導いた東戸塚での開業、「南の街」に込めた思い
『日本大学松戸歯学部』を卒業した後は病理学教室に所属しました。また歯科医になったからには手を動かさなければと思い、横浜にある歯科医院を紹介していただき、そこで実際の臨床を並行して学ぶ日々でした。ある程度の年齢になり結婚もしていたことから、そろそろ開業を考える時期だと感じるようになりました。家内の職場が『神奈川県立こども医療センター』の近くで、その近くでの開業を検討し、東戸塚か、山の反対側の弘明寺かで迷ったのです。弘明寺には既に多くの先生方がいらっしゃいましたが、東戸塚はまだほとんどが工事現場でマンションもほとんど建っていないような場所でした。これから発展していくだろうと考え、30年前にこの地を選びました。開業した建物がちょうど「南の街」という名前だったので、その名前をそのまま医院名にいただいたのです。自分の名前をつけるよりも、地域の皆さんに親しみを持っていただきやすいだろうという思いがありました。家内からもそのように勧めてもらい、地域に根差した親しみのある医院を目指すことにしたのです。
患者様の希望に寄り添う、押し付けない診療の心がけ

開業した頃は正直、本当に患者様が来院されるのか?心配でした。それから今まで一番大切にしているのは、患者さんの希望と、私が提供できる治療内容が本当に一致しているかどうかを常に気にかけることです。歯科医学的にこれが一番良いという方法があっても、患者さんがそれを望んでいなければ、うまく治療ができたとしても私の一方的な押し付けになってしまいます。ですから常に選択肢を色々とお伝えし、納得して満足いただけるよう努めてきました。患者さんの気持ちのサインを少しでも気づけるようにしていますので、その分お話が長くなり、治療をお待たせしてしまうこともありますが、そこが診療で一番大事にしている部分です。患者さんから「皆本当に親切ね」と言っていただけることがあり、それは本当に嬉しいことです。表面的な優しさではなく、何でも話を聞いてくれるという意味でそう言っていただけるのだと思います。私からスタッフに患者さんには「こうしてね」と指示したことは一切ありません。それでも私がそうしているのを見て、スタッフも自然に同じように患者さんに接してくれるようになりました。「類は友を呼ぶ」ではないですが、同じような気持ちを持ったスタッフが自然に集まってくれたように感じます。
スタッフとともに築いてきた、長く続く縁
当院には勤続22年になる歯科助手やパートさんもおり、長く支えてもらっています。現在は常勤の歯科衛生士が3名、非常勤の歯科衛生士が4名ほど、歯科助手が8名ほど、マネージャーが2名、ドクターは私を含め常勤3名と非常勤4名という体制です。患者さんの年齢層も幅広く、0歳のお子さんから90歳までの方が通ってくださっています。午前中は主婦の方や小さなお子さん、夕方は仕事帰りの方が多く、地域の皆さんの暮らしに寄り添える医院でありたいです。中でも忘れられないご縁があります。現在常勤で働いてくれている先生のひとりは、実は私が小学校5年生の頃からずっと治療していた患者さんでした。歯学部に進むと聞いたときに、「大変だろうから困ったらいつでも力になる」と伝えたのですが、あれよあれよと卒業し、「先生のところで働かせてください」と来てくれて、もう15年も一緒に働いてくれています。本当にありがたいことです。
マイクロスコープが開いた新しい世界と、これからの目標
今は多くの歯科医院が様々な設備を持っていますが、私が最も頻繁に使い、愛用しているのがマイクロスコープです。年齢とともに視力は落ちていくものですが、マイクロスコープを手にした瞬間、それまで若い頃より肉眼でも見えなかったものが見えるようになり、治療がそれまで以上に楽しくて仕方なくなりました。60歳を過ぎてから手に入れたのですが、歯科医師人生が何年も延びたような感覚があります。見えすぎるがゆえに手が抜けなくなり、時間がかかってしまうこともありますが、それも含めて幸せなことだと感じています。設備だけでなく、これからも、今まで患者さん一人一人と築いてきた信頼を失わないようにすることを大切にしていくつもりです。信頼は一瞬で崩れてしまうものですから、どなたに対しても真摯に向き合っていく気持ちで、これからも診療を続けていきます。
※上記記事は2026年7月に取材したものです。
時間の経過による変化があることをご了承ください。

南の街歯科クリニック 猪又 俊之 院長 (TOSHIYUKI INOMATA)
南の街歯科クリニック 猪又 俊之 院長 (TOSHIYUKI INOMATA)
- 出身地:神奈川県川崎市
- 趣味:ディンギー、鉄道
- 好きな場所:逗子
- 好きな音楽:カンツォーネ
- 好きな本:「言志録」

